February 8, 2018 -

As told to Brandon Stosuy, 211 words.

Tags: Fashion, Music, Design, Beginnings, Collaboration, Independence, Process.

Christian Joy が語る、「取り組みながら学んでいく」ということ

  Copied link to article!

特に正式なトレーニングなしにデザインを始めたそうですが、この業界に進もうと思ったそのきっかけや決め手は?

ニューヨークに引っ越してきた当初 — たしか1998年だったと思います — CBGBからそれほど遠くない6番通りで働いていました。 当時はいつもパンク・シーンのことばかり考えていて、その時もちょうど Please Kill Me を読んでいて、とてもインスピレーションを受けたのを覚えています。「へぇ~、やりたいと思ったことを本当に実現させたんだ。」とものすごく感銘を受けました。 当時、洋服作りについて色んなアイデアを思いついていたのに、いつも「うーん、でもスタイリストとか何か他の職に就けばいいや。洋服作りについて詳しいわけじゃないし。」などと自分を言いくるめていたんです。でもそのうち、「いつの時代もみんな常に洋服作りをしてきたんだ。だから私にだってできるはず。」と思うようになりました。

結局決め手になったのは、「何をためらってるの? 常に誰もがしてきたことなのに。」 という考えでした。そこで、伝統的な衣服や日本の衣服、中世の衣装などに目を向けてその作り方を見てみたところ、「自分でもできそうだな」と思い、まずはそこから始めることにしたんです。「えーい! よくわかんないけど、まずはやってみたらいいや!」といった具合に、実際に行動に移してやりたい事に挑戦する人たちからインスピレーションを受けたわけです。

とにかくどうしてもやってみたくて。そこから自然とうまく実現につなげることができたと言う感じです。

joypic6.jpg

写真提供: Ioulex

独学したことで自分のファッションデザインへの取り組み方が変わったと思いますか?

もちろん、変わったと思います。実は、写真撮影技術を学ぶために1年間だけ学校に通ったことがあります。これが芸術関係で私が受けた唯一の教育です。ファッションデザインでは、自分で学ばなくてはいけなかったことで、全く別のルックスを作り上げることができたと思います。 当時、パターン(型紙)製作を独学で学ぶことにし、パターン作りの本をたくさん買いました。型紙の作成には計算も必要になるんですが、実は算数は大の苦手で・・・。でも今となってはこういった計算を常に使い、把握したうえで答えを見つけられるようになりました。

もしファッションの学校に行っていたら成功していたかどうか分からないですね。学校に通っていた時は、興味を持ったりやりがいを感じたりということがありませんでした。自分でトライしてみる方がうまく行ったように感じます。 でも人によっては、そうやって毎日習慣的に行うような、体系的なアプローチが必要な人もいるでしょう。自分が何かをやろうと決心した時に役立ったのは、「よし、これを必ず毎日するようにしよう。そしてこうやって取り組んでいこう。」と心に決めることです。 こうすることで、自分の目標から目をそらさずに集中して取り組むことができます。こういった日々の持続こそが成功につながった理由だと思います。

[Yeah Yeah Yeahs のシンガー] Karen O の衣装デザインは随分早い時期から手掛けていましたね。駆け出しのころに生涯のコラボレーターともいえる存在と出会えたことについて、その当時どんな気持ちでしたか?

それはもう、最高でしたね。私が当時作っていたような作品でさえも受け入れてくれた Karen は本当に素晴らしい人です。あの頃わたしは、6番通りの Daryl K というお店で働いていたんですが、Karen はいつもお店に寄ってくれて二人でよくお喋りしてました。ちょうどその時、自分で作ったドレスを店内に置いていたんですが、 ペイントで塗り替えたり、他にもいろいろ手を加えたそのみすぼらしいプロムドレスを見た Karen が「これ、私にも作ってくれない?」と聞いてきたんです。それで私も「うん、いいよ。」って。それで彼女にその不格好でクレージーなドレスを作ることになったわけです。今でも Yeah Yeah Yeahs を初めて見た時のことを覚えています。彼らが有名になるだろうってすぐに分かりましたね。まるで急に色んな雑誌の表紙を飾るKaren を見たような感じで、それが実現するのが目に浮かぶようでした。

それこそが、この夢を追いかけようと思った理由です。「よし、それならまずは自分で学ぶしかない。1人の人に同じものばかり作っていくわけにはいかないんだから。」とすぐに思いました。 バンドの人気が高まるにつれ、私も彼女と共に自分のデザインを進化させて新しいルックスやアイデアを作り上げるようにしました。でもホント、自分にとってこれ以上に素晴らしい機会は想像できないですね。この経験で自分をさらに駆り立てることができたし、私たち二人ともが前進できたと感じます。それぞれが新しい挑戦に立ち向かう機会をもつことができました。

joypic5.jpg

写真提供: Ioulex

インスタレーション作品も手掛けてらっしゃいますが、インスタレーション・アートは、ファッションと同じ取り組みの中での別の要素として捉えていますか?芸術作品の創作はどういった点でファッションデザインと関連していると思いますか?

インスタレーションは1つの延長フォームだと思っています。実は、洋服作り以上に私が一番好きなのは、プリントや表面デザインの創作なんです。これは私にとってデザインプロセスの一部でもあります。私は、よく知られているものとかクラシックなものなどを起点に創作を始めてその中から取り組んでいくのが好きなんですが、そうすることで観客に何かを伝えたり、その人の考え方に訴えかけることができるように感じます。まるで観客に対して「今あなたが目にしているこのアートフォームは、これまでに何度も見かけたことのあるフォームでしょう。でも実はその内側ではこんなにすごいことが起こっているんですよ!」と語り掛けているような感じ。観客を中に引き込み、同時にその存在に対するその人の見解や観点も変えるというわけです。

結局のところ、自分独自の世界を作り上げたいだけなんです。実際にその世界や生き物達の間を歩き回る・・みたいな。まるで物語や独自の歴史を作り上げているような感じ。実は私は指輪物語の大ファンなんです。だから(指輪物語のように)キャラクターとか小さな世界とか、さらには言語やその他色んなことを自分で作り上げる・・・そんなアイデアがもとになっていますね。インスタレーションも含めて、こういった取り組み全てが、自分が作りたいと思っている世界の拡張版のような感じです。

ストレスなどからの「燃え尽き」を防ぐ方法は?

私は大抵いつも一人なので、やらなくてはいけないことが一杯ある場合は、新たな視点を得るためにも他の人に手伝ってもらいます。そういう時には沢山の人に囲まれた状態が好きですね。でもそれって普段の私とは正反対なんですよ。普段はいつも私一人で、ここで裁縫してたり、何かを作っていたりと、自分の頭の中の世界に浸ってます。だから、友達でもいいので、誰かに来てもらって一緒に時間を過ごすだけでとてもうれしいです。リラックスできるし、色んなことを考え直すことができる。信頼する相手に作品を見てもらうのも有益だと感じます。

joypic2.jpg

写真提供: Ioulex

一緒に仕事をしているテイラー(仕立屋)がいるんですが、彼女は私の希望を常に理解してくれています。私のアシスタントも同じようにいつも私のことを分かってくれていて、例えば私が「こうしたい。こういう感じを考えてるの。」と言うだけで、彼女はどうすればいいのかすぐ分かるんです。一方で、工場や製作所に送り付けるのは好きじゃないですね。ここで一緒に取り組んでもらったり、私が相手の所に出向いて一緒に作業するなど、誰かと1対1で作業する方がやりやすいと感じます。工場に渡してしまうと話し合いが持てないし、あちらはただ単にササっと作るだけ。カスタムの商品だと特に、独特のクオリティを実現する必要があるのできちんとした話し合いが必要になります。

自分についてある種の固定観念を持たれたと感じることはありますか?

長い間、Karen との仕事から他の仕事につながることがありませんでした。当時は「皆なんで私のデザインを欲しいと思わないの?」と理解できませんでした。でも今思うと、多分誰もが「私の作品イコールKaren 」という感じに同一視してしまって、私がそれ以外のものを作れるとは思いもしなかったんだと思います。その状態は私がAlabama Shakesと仕事を始めるまで変わりませんでした。そこで初めて「あら、他のこともできるのね。」と分かってもらえた感じで、それ以降他の仕事も入ってくるようになりました。彼らと仕事をするようになってからやっと仕事をもらえるようになったというか。それ以前はほとんど仕事が来なかったですね。でもまあ、理由は分かります。私は Karen の為に作ったデザインで知られていたわけで、彼女のデザインは極端に異なるものでしたから。Brittany Howard には、ケープ付きの白いドレスを作っているんです。見た目は最高だしステージでの見栄えも素晴らしいものですが、Karen の衣装と比べると全く違うレベルの衣装ですね。

マネージャーを雇ったり、チームに作業を手伝ってもらう必要があると思ったのはいつですか?

私は金銭面のことになるとまるっきりダメなんで、財務管理を手伝ってくれる人が必要でした。料金を一体いくらに設定したらいいのかとかが分からないので。多分沢山の人が私と同じような感じだろうと思いますが、私は特にこの分野が苦手で。そういうの、私には向いていないんですよね。 先日、まだ駆け出しの頃、自分はスタイリストになるべきだと思っていた時のことを思い返していました。いくつかのエージェンシーに出向いたところ、「どうしてスタイリストになりたいの?デザイナーになるべきだよ。」と言われたんですが、私は「そうかなぁ」と半信半疑で。というのも、デザイナーとしてよりもスタイリストとして働くことでお金を稼ぐものなんです。だから、自分でも「一体わたしの職業は何なんだ?」と思うようになって、結局「多分、私はコスチューム(衣装)デザイナーなんだろう。こういう衣装を作ってるんだから。」という結論にたどり着くんですが、そうすると「コスチュームデザイナー」という肩書を見た人が「あら、それじゃ映画の仕事をしてるの?」と聞いてきたり。もちろん私は「いや、そうじゃなくて・・・」となっちゃう。ステージ上で着てもらう衣装を作っているのに、世間はそれをコスチュームデザインとして見てくれないので、難しいですね

私の仕事が一体何なのか、皆にとっても分かりにくいようです。「どうして彼女を雇うの?何のため?」という感じ。私はイラストレーターというわけではないけどイラストレーションもやってるし、他にもこれだけならできる、あっちだけならできるという具合に、とても二ッチな仕事内容ですね。でも今は、金銭面やその他の管理を手助けしてくれるマネージャーも加わったので良かったです。その面で一番助けが必要だったので。

joypic4.jpg

写真提供: Ioulex

駆け出しの頃に知っていたら良かったなと思うことは何ですか?

例えば、「こちらが Christian です。Christian はコレとかアレなどを手掛けることができます…」と説明してくれる人がいたらよかったなと思いますね。一緒に座って、「こういう選択肢がありますよ。こんな事やあんな事をやってみてはどうでしょう。」って提案してくれる人がいたらなあって。

駆け出しの頃から広報担当者を使うべきだったと思います。私という人物の枠組みを作る手助けをしてくれる人です。当時私はまさに飛び込んだ状態で、まるで坂を転げ落ちていくかのように突っ走っていました。何人かの無名のデザイナーの元で働いたこともあります。なので、工場や製作所とのやり取りとかコストとかも理解していましたし、その経験もとても役立ったとは思いますが、自分のキャリアを方向付ける方法を見出す手助けをしてくれる人がいたら最高だったのにと思います。

joypic3.jpg

写真提供: Ioulex

この点については Karen がカギとなっていたと思います。私は Karen のコスチュームデザイナーなんだから、必然的に皆が私に期待するのは「Karen」なんですよね。つまり Karen というパッケージ。自分がその一部のようでありながら、実はそうでない、みたいな。 1つ覚えているのは、雑誌の撮影をしてた時のこと。結構大がかりな撮影だったんですが、その時ある男性が私を呼びとめて、「Christian、Karen はまさにファッションアイコンだね」って言ったんです。私としては 「うん、でも彼女が着てる衣装はすべて私が作ったんだけどね。」って気持ちでした。

ただ、マスコミには沢山取り上げられましたよ。すごく良い意味で。それに Karen はマスコミに対してはいつも、「こちらがデザイナーの Christian Joy です」と言った感じで最高の対応をしてくれて。それでもまだ沢山の人が「Karen が自分で作ったあの衣装、すごい良いよね」って言ってるのを聞いて、ものすごく苛立ったのを覚えています。「彼女が作ったんじゃない!」って言い返したい気分。でもそれがロックスターやポップスターになるということの、ある意味すごいなって思う点。皆が自分について勝手に色んなことを信じ切ってしまう。みんな、そのスターが全てを自力でやっていると思い込みたいんですよね。例えばビヨンセについて、彼女は衣装を自作してるとか、ヘアメークも自分でやってるとか、バックアップダンサーの振り付けも彼女がしてるとか。

デザイナーって、編集者やディレクターの役割ととても似てると思います。 テレビに出演するよりも、裏方で働く方が好きですね。

joypic1.jpg

写真提供: Ioulex

今でも学ぶことが一杯あると感じたり、壁にぶつかったり、手探り状態の時がありますか? もちろんです。 パターン製作を始めてから16年もたった今になってようやく、「上手になってきた」とか「ちゃんとソーイングの仕方が分かってきた」と感じます。テイラーでもある私の友達はものすごい才能の持ち主で、本当に色んなことに詳しいので私も彼女みたいになれたらって思いますね。彼女にかかると、なんでもあっという間に出来上がり。一方私はいまだに不器用に手探り状態でやり遂げると言った感じです。

ある時、部屋いっぱいの沢山の友達が何かを製作している場面に居合わせたことがありました。私は製作には携わってなかったんですが、他の皆は何らかの裁縫プロジェクトに取り掛かっていました。そんなみんなを観察していた私は、「そのやり方、ちょっと違うよ。あ、そっちも間違ってる。」といった調子で注意していて。そこで初めて「あら、私ってば本当に分かってるんだ!どこがどう間違ってるのか認識できるからこそ、正しいやり方をきちんと教えてあげれる。」と気付いたわけです。「教室を開いて教えることもできるのでは」と。ほんと、バカみたいですよね。15年もやってきたんだから、できるのは当たり前。私はいつもそうやって自分の能力を過小評価してしまってるんです。

Christian Joy が最も影響を受けた人物トップ5 :

  • John Waters 。彼のダークなユーモアや、映画作りへのDIY的アプローチが服作りにおいてインスピレーションとなりました。

  • Yoko Ono。(オノ・ヨーコ)この仕事を始めたばかりの頃、オノ・ヨーコについての記事を読んだんですが、彼女が60年代に作った当時の空を表現した作品に、80年代になってからゴールドのカラーをぶっかけたというようなエピソードが書かれていました。(多分私の記憶に間違いないはず!)ヨーコが、自分の作品に対して愛着を持ちすぎて「作品に変化を加えるなんてとんでもない」と感じる人ではない点がとても気に入りました。彼女の変化をためらわないところはすごいと思います。Karen O の衣装を担当し始めたばかりの頃、Karen がステージで自分にビールをかけたことがあったんですが、色んな人にイヤじゃないのかって聞かれました。でも私にとっては、Karen のそんな行動も、私の作った作品に新たな歴史を加えているんだと感じられました。そうすることでもっと関連性を持つ作品になったと思います。

  • Issey Miyake。(三宅一生)私の一番のお気に入りデザイナー。大胆な形やカラー、ファブリックの独創的な使い方、彼のキャンペーンに至るまで、すべてにおいて素晴らしいデザイナーですね。

  • Sonia Delaunay。クーパー・ヒューイット博物館で彼女のショーをみた時、思わず涙が出てきました。彼女の作品は喜びに満ちたものばかりです。

  • David Bowie。デヴィッド・ボウイが好きじゃない人なんていないでしょうけど、私の場合は Yeah Yeah Yeahs の2枚目のレコードが出た頃、デヴィッド・ボウイの魅力に新たに気付かされました。8歳か9歳の頃、友達のベビーシッターがデヴィッド・ボウイの大ファンだったんです。当時は1980年代で、彼女の部屋には「シン・ホワイト・デューク」(痩せた青白き公爵)として撮影されたデヴィッド・ボウイの特大ポスターが貼られていました。その写真の彼は尖った歯と後ろに撫で付けた髪でまるでドラキュラのようで、でも彼の服の飾り気のない殺伐とした感じとか、その写真の彼に感じたちょっとした恐怖感に魅力を感じたのを覚えています。実は、デヴィッド・ボウイの数々のルックスの中でもその時の彼のルックスが私のお気に入りなんです。そのずっと後に、Show Your Bones 用に Karen のルックスをデザインした時は、山本寛斎が Ziggy Stardust のために作ったルックスにとても影響を受けました。あの時のデヴィッド・ボウイはまるでエイリアンのような、性別不明の存在だったのが最高でしたね。ものすごいパワーを感じて、それを Karen のルックスにも取り込もうと思ったのです。